JUONのあの人: 第33回 行政一成さん

第33回 JUONのあの人
行政 一成さん

行政さんは1948年、兵庫県赤穂市で生まれた。父の死の2年後に引っ越した神戸市で育つ。石仏の観賞が趣味で、高校時代には日本石仏協会の設立にも参加。歴史的なものへの関心が強く、日の子坂古道の話にも強い興味を持ったという。「石仏を見て回ったりすると、山の地形だとか、あるいは何でここにこんな道があり、人々の暮らしがあるのかとかに、おのずと興味が広がっていってね。」
 


千葉県睦沢町で取り組まれている「日の子坂古道再生」は、2003年より開始したJUONのプロジェクト活動初めての支援先です。この活動を立ち上げ、現在も継続した取り組みを行っているのが、行政一成さんです。古道再生を通して感じてきた思いについて話していただきました。
 
 

東日本大震災が起きた今、森に入るという意味を、考え直す時期にあると思う。


「僕は小さい時から、神戸の谷の少なくとも3つか4つは全部知っていた。どこに迷い込むとまずいとか、湧水だとか植生だとか、あるいは地形だとかを、身体でとにかく覚えてた。時には、神戸は空襲を受けたから、焼夷弾が落ちているとかね。」

神戸の山麓(北野町)で育った行政さんは、物心ついた頃から、一人で山の中を走り回っていたという。子ども時代のこうした経験もあり、阪神淡路大震災を機に15年ほど前に、それまで住んでいた兵庫県から千葉県睦沢町へ移り住んだ。そこで目を向けたのが、鎌倉時代末に夢窓国師が3年間過ごした千町庄の須賀谷と大上を結ぶ日の子坂古道である。

「たまたま住みついた集落の家の前の小道が、周りの地元の人に聞くと、(秀吉の小田原攻めにからむ)古戦場跡であったというようなことで、興味を持って。」

しかし、古道はバイパス開通によって30〜40年使われてこなかったため、山の入口はすでに倒木や篠竹に覆われて入れなくなっていた。道の存在自体が地域から忘れ去られていたのだ。

「こちらが古戦場跡についてなんだかんだお聞きするなかで、集落の人はまったく忘れてたのを思い起こす。少年少女時代は確かにあそこで遊んだな、とかね。そういう道があったな、『ああ、あれ日の子坂って言うんだ。』みたいな感じでね。」

行政さんは古道の再生に向けて活動を決意。当時の町長に直談判して協力を得ると、1年近くかけて隣接地の地権者を1軒ずつ訪問し、活動への了解を取って回った。所有地との境界が曖昧な山で作業をする際には、大事なことである。

「全くの新参者なわけですから、挨拶を兼ねて。そのなかで、日の子坂のことを色々、お年寄りの方からお聞きしてね。それ自体が様々な知識になっていったんです。」

集落の集会や行事にも全て参加した。時にはそこで、気の合う協力者を得ることも。

「外から僕が来て、山っていうのは間伐したり整備したりしないとだめじゃないかというようなことを言っても、まあ普通だったら一蹴されるわけですよ。『分からないくせに何を言ってるんだ』とね。だけど、そういうつながりで味方がいたからね。『いや、それはもっともだ。我々が忘れてるのがおかしいんだよ』とかね。」

道具も知識もゼロから始めた行政さんは、2年ほど森林組合で森づくりの技術を学びつつ、並行して日の子坂の整備をスタート。ちょうどその頃に、JUONがプロジェクト活動への助成を始めたため、設立当初から入会していた行政さんはすぐに応募をした。道具類はその支援を使って揃えたという。

整備を始め、メディアに取り上げられるようになると、近隣の地域から興味のある人が手伝ってくれるように。地元の集落の有志や団体も加わり、全体として2年半ほどかけて整備を行った。

「全く一人の発案で、一人で動き始めたらみんな、『何してんだ』みたいな感じで広がっていってね。」

今後は農産物加工を中心に、様々な組み合わせのなかで事業を広げていきたいと話す渡部さん。目指すのは障害者の生活の向上である。

そうしてよみがえった道は、約2・5キロメートル。整備が一段落した04年から、「古戦場ウォーク」の開催を始め、今年で13回目を迎えた。最初の頃は整備した仲間10数名の参加だったのが、やがてマスコミを通して活動が広がり、今では40〜50名、多い時は60名の参加者が集まる。そして昨年度は、関東甲信越地域ブロックとの共同企画として三角点整備のイベントを開催した。

「日の子坂に関わって一番感じたことは、山を我々は知らないということ。山を整備するなかで、様々な昆虫とか草花とか、風とか光とかいったのを実感するとかいうね。ウォーキングの人にいつも言ってるんだけど、最後はとにかく、山のパワーをもらって、怪我をしないで、事故に遭わないで帰って下さいと言うんですね。」

どの地域にも山があり、日の子坂のような歴史的な道もあるが、人が入らない限り道は消えていくのだと話す行政さん。古道再生を通して山とのつながりを取り戻したいのだと思いを込める。

「たとえその100メートルでも再生しませんか?とかね。それはつまり、自分が生活している場っていうなかで、自然と人とのつながりをつくり直していくっていう、JUONのある面で原点に返るっていうこと。そして、東日本大震災が起きた今、現代の生活の困難さって何だろう、そのなかで、森に入るという意味はどこにあるのかということを、考え直す時期にあると思う。生命の源である森から、社会と人間を見直すことが……。」
 

  • 年に1回開催している「古戦場ウォーク」で説明する行政さん。「首塚供養」を謳った年、参加者は100人を越えた。

  • 2017年4月29日「日の子坂古戦場ウォーク」の参加者と一緒に記念撮影。
 
遠藤 紗穂里・鹿住 貴之
JUON NETWORK 2017年 第103号