JUONのあの人: 第24回 石井清允さん

第24回 JUONのあの人
石井清允さん

石井さんは1939年、神奈川県川崎市に生まれた。その後すぐに両親の実家の神泉村(現神川町)へ。地元の高校卒業後、神泉村役場で勤務。村が過疎地域に指定された71年に財政・企画部門に異動して以来、村づくりに取り組まれ、村が合併した際、助役を最後に現役を退いた。「村づくりでは村の人達もなんだかんだで協力してくれたし、地域活性化の時代のなかで好きなことをさせてもらったのかなと思っています。」
 


全国の「森林の楽校」で最も数多く開催している「神の泉 森林の楽校」。その世話役であるJUON元理事の石井清允さんは、JUON設立のきっかけとなった廃校活用セミナーハウスの開設など、埼玉県神泉村(現神川町)の役場職員として、地域の活性化に取り組んできました。地域づくりの経緯やJUONへの思いなどを話していただきました。
 
 

村の中心にある建物が夜真っ暗じゃだめなんですよね。灯りがついているということで、気持ちが明るくなるんですよ。


「早稲田大学生協が神泉に来るときは、まだ村の観光もほんとに始まったところだったので、村としては事業を進めるのに相当インパクトがあったと思っています。」

神泉村(現神川町)の産業観光課長になったばかりの石井さんは、1981年に村の観光基本計画を策定していた。そのようななか、村の小学校が廃校となることをテレビ番組『最後の卒業式』を観て知った、当時早稲田大学生協専務理事だった小林正美さん(JUON副会長)が、廃校を活用できないかと村に連絡する。学生が利用できる合宿施設が少なかったことから、その後、廃校をリニューアルしたセミナーハウス「コープビレッジ神泉」が85年に完成した。JUON設立の大きなきっかけである、廃校活用を通じた農山漁村と大学生協のつながりの最初のことである。

「村の中心にある建物が夜真っ暗じゃだめなんですよね。灯りがついているということで、地元の人は非常に気持ちが明るくなるんですよ。今現実に若い人がいなくなって人口も減って超高齢化社会になっていますけど、そのなかでも人が来て夜灯りがついているのは貴重ですね。」

71年に神泉村が過疎地域に指定された際、新たな村づくりの計画が策定された。最初は道路などの整備を行っていたが、もっと村の活性化に役立つこととして、村内の「城峯公園」の活性化が提案されたのだ。城峯公園は68年に下久保ダムができた際、初代村長によって造られた公園。建設当時、春と秋に二度咲く冬桜が植えられたが、公園を活性化させることはできなかった。そこで83年、石井さんは公園の再活性化に乗り出した。まず、公園にさらに多くの桜を植えることで首都圏から多くの家族連れが来るようになった。また、村に滞在してもらうため、公園の中に元々あったキャンプ場のバンガローを、家族で気軽に泊まれるように造り直したのだった。ファミリー層をターゲットにした地域活性化は、当時珍しかった。

原島さんは林業を離れ、地元の第三セクターに就職し、サラリーマンに転身。そのうち、世帯を持ち生活も安定していくのだが、そのなかで声をかけられて参加したのが森林づくりフォーラムだった。そして、ボランティアなどで森林に関わっていた都市の人と、山村の人が交流するなかで、森林ボランティアへの大きなニーズを感じたのである。

また、キャンプ場やセミナーハウスが造られた後、村営の農産物加工所を造った。地元の雇用、農家のために農産物の販売先をつくること、特産品を生み出すことなどが目的だ。行政がそのような加工所を造るのはよくないという考え方もあるが、農山村地域では役場がやるしかないと石井さん。

「経済は民間がやるものだって言っていたら農山村地域ではいつまで経っても伸びない。人がいてある程度財政力がある役場が、未来永劫ではなく一定期間手を出して、あとの経営は民間で行うという方法でないと、こういう施設は成り立たないですよ。」

しかし、神泉村が合併し、神川町になってしばらくすると、加工所はなくなってしまった。

「ジャムは、食品コンサルタントや専門機関の指導によって、この味や品質ならやっていけるってところまで研究していたから、ノウハウはありました。こんにゃくは、加工所がなくなったらおいしいこんにゃくがなくなって残念という声があちこちからあった。また、加工所がなくなることは、販売先がなくなり、農家の意欲もなくなって耕地が荒れるんですよね。地域づくりにはすごく痛手ですよ。だから中山間地域の農地を守るには加工所がないと。黒字がでないならだめだって考え方もあるけど、経済以外でも価値があったのです。」

廃校活用のとき以来早稲田大学生協とのつきあいがあった石井さんとしては、98年に設立されたJUONには、自然な流れで関わるようになったという。そして、2000年から「神の泉 森林の楽校」が開催されるようになった。

「城峯公園を中心に、下久保ダムや『100年の森』での作業など、正直言って本当にありがたいと思っています。普通、森林作業なんてしないじゃないですか。地元の人も高齢化しちゃって、やりたい気持ちはあるけどなかなかやらないですよ。ボランティアで募集しても来てくれないしね。」

最後に、JUONに期待することを聞いた。

「都市の人に来てもらいたいって思っても、山村側から情報発信して都市側の人に呼びかけるのは難しいし、どこへ呼びかけていいか分からないと思うんですよ。なので、森林体験も一つの方法ですけど、いろんなことのなかで都市と山村をつなぐ役目をやっていただきたいな。それだけは他のところではできないと思います。」


 

  • 2015年4月神川町にて、NECグループ労働組合連合会の皆さんと作業後に記念撮影。一番左が石井さん。

  • 2005年11月「神の泉 森林の楽校」開校式で挨拶する石井さん。
 
小川 結衣・鹿住 貴之
JUON NETWORK 2015年 第94号