第40回 JUONのあの人
田村恵子さん
田村さんは、1966年京都府乙訓郡長岡町(現・長岡京市)で生まれた。幼稚園から高校までピアノを習う一方、小学校ではソフトボール、中学から大学までテニスという体育会系。体を壊して大学を中退したこともあり、ライフワークとして、不登校支援など子ども・若者子育て支援活動にも取り組む。「教育委員会で臨時職員をしていた時に、サマーキャンプを手伝ったんです。子ども達の成長ぶりがすごくて、自然体験活動にもはまりました(笑)。」
田村恵子さん
田村さんは、1966年京都府乙訓郡長岡町(現・長岡京市)で生まれた。幼稚園から高校までピアノを習う一方、小学校ではソフトボール、中学から大学までテニスという体育会系。体を壊して大学を中退したこともあり、ライフワークとして、不登校支援など子ども・若者子育て支援活動にも取り組む。「教育委員会で臨時職員をしていた時に、サマーキャンプを手伝ったんです。子ども達の成長ぶりがすごくて、自然体験活動にもはまりました(笑)。」
2016年から始まった、現時点で最も新しい「森林の楽校」は、長野県安曇野市で開催する「安曇野 森林の楽校」です。今年から年2回開催することになりましたが、共催する市の「さろぷろ。」のコーディネーターが、田村恵子さんです。これまでの活動や思い、そして、これからについてお話を伺いました。
自分が困った時に助けてくれる地域の人をいっぱいつくりたい、そこが根っこかな。
「引っ越したのが新しい団地だったんですね。そこで先輩方がおしゃべりしながら、楽しそうに荷物を分けていたんです。そこに入れてもらった感じです。」
長野県松本市内から豊科町(現・安曇野市)に家を建て引っ越してきた田村さんは、生活協同組合コープながのに加入した。よそから来た人や子どもが同じ年くらいの世帯が多く、生協の共同購入の荷物を仕分けしながら、色々な話をすることができた。順番で、生協の様々な活動を推進するコープ委員長になったことをきっかけに、生協の活動にはまり込んでいく。
「いろんな企画をして、様々な工場に見に行ったり、試食会をやったり。それを載せる手書きの情報紙を作ったのが、楽しくて。子連れOKだったのも大きかったかな。」
京都で生まれた田村さんは、父親の仕事の関係で熊本、神奈川、埼玉、大学は静岡と各地を転々とする。大学では数学を学びながら、テニス漬けの日々を過ごしたが、体を壊してしまい、4年目に退学して埼玉に戻った。
その後、派遣会社に登録して、いくつかの仕事をするうちに、バブルが崩壊。最後に働いていた企業では、派遣社員は使わないという方針が出たため退職した。
「せっかくなのでおもしろい仕事をしたいと、アルバイトニュースで見つけたのが『カラダがヨロコブ上高地』というキャッチコピー。4月から11月までの住み込みで、信州に来たのは初めてでした。」
松本電気鉄道(現・アルピコ交通)で、上高地行きのバス関連の仕事に就くことになった。マイカー規制のためにバスに乗り換える客の誘導や、車掌としても乗車することもあったという。そして、田村さんが働き出した直後に、久しぶりに会社に2名のドライバーが採用されることになる。そのうちの一人は、東京出身で北海道か長野に住みたいと就職した人。その年、その人と結婚することになった。
借り上げ社宅のアパートは5年間の期限つきだったため、家を建てようと決めたのが豊科町だった。子どもができ専業主婦となっていた田村さんは、食生活改善、保健補導員の場など人がたくさん集まるような会に参加する。
「私には友達も親戚もいないので、知り合いをいっぱいつくりたいというか、自分が困った時に助けてくれる地域の人をいっぱいつくりたい、そこが根っこかな。」
親の世代が多く集まるところに入れてもらい、同年代で参加することが珍しかったため、かわいがられた。地元に自分自身の子育てを応援してくれるお父さんやお母さんを増やせるよう、様々な活動に子連れで参加する。
そのようななかで、合併してできた安曇野市が「安曇野市環境基本計画」を策定することになり、市から委員になることを依頼された。特に子育て中の人や子ども達に分かる計画にしたいと、環境の専門家ではないことが買われたのだ。「安曇野環境フェア」や「安曇野環境市民ネットワーク」の立ち上げに関わり、実行委員長や座長を務めることにもなった。
その後、環境基本計画の行動計画にあたる「安曇野市里山再生計画」が策定される。事務局の耕地林務課に推進コーディネーターが置かれることになり、田村さんに声がかかった。現在、非常勤職員として週3日働いている。
「安曇野市里山再生計画と、漢字だらけで堅苦しいので『さとぷろ。』と愛称をつけました。みんなにかわいがってもらえるよう、里山に目や足を向けてもらえるよう、戦略を練っています。」
具体的な取り組みとして、里山資源の利用、里山での活動推進、松枯れ・鳥獣被害の減少の三本柱が掲げられているが、この活動の一貫で、JUONと共催の「安曇野 森林の楽校」が行われるようになった。田村さんは、日程が合えば、ほかの森林の楽校にも参加してくれている。
「同じ木を倒すにしてもやり方がみんな違うじゃないですか。その違いがおもしろくて。こんなやり方があるんだなと、何かそういう気づきがおもしろくて。」
安曇野に留まっていては情報が入ってこないと、全国で行われている、森林関係の活動やイベントにも積極的に参加している。最後に、JUONとの関わりや期待について伺った。
「まずは、森林の楽校をしっかり定着させること。そして、地元の人にも参加してもらえるようなイベントに育てること。また、大学生をはじめとした若い世代の参加で、活動に厚みを加えていただけると期待しています。地元の大学とも何か一緒にやっていきたいですね。」
2018年1月11日関東甲信越地域ブロック「新年会」で、「安曇野 森林の楽校」 の紹介をする田村さん。
2016年10月29日「安曇野 森林の楽校」の際の田村さん。
池 大祐・鹿住 貴之
JUON NETWORK 2019年 第110号
JUON NETWORK 2019年 第110号