第30回 JUONのあの人
大柿兼司さん
大柿さんは1948年、徳島県三好郡井川町(現・三好市)に生まれた。山で育つなか、中学校1年の時に現在住む街の近くに移ることに。高校を卒業後、役場で仕事をしながら、25歳で西井川林業クラブに入る。2006年に会長となるが、1988年からは事務局をしていた。「役場に行っとったけん、事務的なことをしてくれやって頼まれて。補助金をいただいて、不在村者や年を取ってできないような人の山の手入れもしました。」
大柿兼司さん
大柿さんは1948年、徳島県三好郡井川町(現・三好市)に生まれた。山で育つなか、中学校1年の時に現在住む街の近くに移ることに。高校を卒業後、役場で仕事をしながら、25歳で西井川林業クラブに入る。2006年に会長となるが、1988年からは事務局をしていた。「役場に行っとったけん、事務的なことをしてくれやって頼まれて。補助金をいただいて、不在村者や年を取ってできないような人の山の手入れもしました。」
JUON設立の地であり、「森林の楽校」発祥の地でもある徳島県三好市。1998年の「四国のへそ 森林の楽校」開催以前から、現在まで受け入れをしていただいている団体の一つが、今年結成60周年を迎えた西井川林業クラブです。会長の大柿兼司さんに、これまでや今後の活動についてお話を聞きました。
交流人口を増やせば、ちっとは活気が出てくるんじゃないかな。
「あそこで泊まってなあ。私がもう、朝飯一人で炊いたのを覚えてるわいな。夜はまた雨降って、屋根にビニールシートを掛けて引っ張ってね。思い出すわ。」
阪神淡路大震災の翌96年に徳島で行われた大学生協の「震災ボランティア交流会」が、大柿さんとJUONとの関わりの原点である。三好郡(現・三好市、東みよし町)の林業関係者が、被災した学生に間伐材製のミニハウスを仮設学生寮として提供したことから、三好地域と大学生協との交流が始まった。その頃から、大柿さんには林業体験の指導や炊事の面でお世話になっている。
「今までほんま何百人分も飯食わしとるわな。」
震災ボランティア交流会がスタートしたのは95年の夏。最初は三好郡内の旧・山城町での開催だった。96年より、交流を中心にまちづくりを進めている旧・井川町でも林業体験、交流や宿泊を行うようになる。その時から、大柿さんが当時事務局を務めていた西井川林業クラブにもサポートしていただくことになった。交流会は、翌年の夏に名称を「森林ボランティア交流会」と変え、98年にJUONが設立されてからは、「四国のへそ 森林の楽校」となった。
旧・井川町役場に務める傍ら、25歳で西井川林業クラブに入会した大柿さん。西井川地区内の山村集落で生まれ育ち、中学の時に街の近くに下りてきた生い立ちからか、森林の手入れには自然と関心が高かったという。現在は会長となり、森づくり活動を通して、森林の大切さや林業の役割について伝えることに力を注ぐ。
「全国各地で大雨が起きて。土砂崩れしているところは、間伐できてないところが被害が大きいように思う。そういうのを理解してくれて、森林整備の大切さっていうのを分かってもらったら、ありがたいなと。」
三好市内のJUONが所有する「大学の森」は、震災から一層の交流を図る拠点として開設された。ほかの森林の楽校では、手道具のみを使うところがほとんどだが、ここではチェーンソーを使い、本格的な森の手入れを体験することができる。
また、大切にしているのが交流会の時間だ。
「間伐したり枝打ちしたり、下草刈りしよったんでは、話もできんでね。夜の交流会の中で打ち解けて話が弾むんであって。そこから交流が始まるんやから。」
当初から、特に交流の面で力を入れていたのが西井川林業クラブだった。交流を契機に地元が活性化すればと大柿さんは願う。
「もっともっと多くの方が参加して、交流会ができるような運び方してもろたらええわね。それと、なんとか過疎に歯止めをかけたい。やっぱり観光客に来てもろて、交流人口を増やせば、ちっとは活気が出てくるんじゃないかな。」
大柿さんが住む地域でも全国同様、過疎は深刻化しており、中心地もシャッター街と化し、若者の仕事づくりも難しい状況。休耕田は増え、鹿や猪などの獣害も増えてきた。耕作放棄地が荒れていく様子を、寂しく思っている。
「山ばっかりでなくてね。農も林も一緒にね、興味を持ってもらって、ちょっと行ってみようかっていうきっかけができるようなね、地元が取り組みをせんかったらいかんと思う。」
大柿さんは現在、森林整備のほかに薪作りといった木づかい活動や、木工教室や林業体験といった青少年向けの森林環境教育など、クラブを通して幅広く活動している。最近は、地元の小中学生に森林について話すことも多い。
「西井川地区の580件ぐらいの家庭に水を供給しとんのは、山の手入れができとるけん、水がたくさんあって、水道を使えるんですよっちゅうような話をよくしているんですけど。」
これからのJUONとの関わりや地域活性化の活動に向けて、思いを語っていただいた。
「私らもう、乗りかかっとる船じゃきに、もうやーめたってわけにはいかんけど、参加する人にとって魅力あるような活動をしていかんかったらいけない。JUONの方に来てもらえるような、明るく細く長く続くような取り組みを、ね。」
2015年9月「四国のへそ 森林の楽校」の交流会で話をする大柿さん。
2007年8月「四国のへそ 森林の楽校」にて、作業後の記念撮影。一番右が大柿さん。
遠藤 紗穂里・鹿住 貴之
JUON NETWORK 2016年 第100号
JUON NETWORK 2016年 第100号